最近、出版された何冊かの本、
それぞれのレビュー集
何かの案内で、少し気になる
文章を見つけました。


◆一流能楽師が指南する
 承認欲求を超えた生き方

(レビュー新潮社 週刊新潮


・・・「四十にして惑わず」の
「惑」はあとから当てた漢字であり、
本来の漢字から「区切らず」と
読み解くことで、生き方を
ひとつに絞らず自分の殻を破り、
自由を得ることができる・・・




[レビュアー]中江有里(女優・作家)


本当かどうか、いろいろと
検索すると、その著者である
(レビュアーではない)
能楽師・安田登氏ご自身が
語った、少し前のネット記事
に辿り着きました。


◆能楽師・安田登さん 
 自分の可能性広げる三流のススメ

 日経WOMAN SMART
 「ライフスタイル」より




 不惑は「惑わず」ではない・・・?

 儒教の祖である孔子
 『論語』の中で「四十にして惑わず」
 と言っていますよね。
 さすがは孔子、
 四十歳で迷いがなくなったんだ。
 自分も迷いなく生きなくちゃ・・・。
 40歳になると人はそう解釈しがちです。

 でも・・・(先述と重複)


(文中にあるように解釈し)
40代の頃の私を苦しめた
「四十にして惑わず」の言葉。
それを別の角度で解釈すること
によって、こうも楽な気持ちに
させてくれるのか・・・苦!

とっくに50代に突入している
私には、この解釈を知ることが
遅かった・・・のではなく、
どうやら、既に10数年前
この安田登氏は別の著書で、
先述からの「論語」に対する
指摘を書かれていたようです。


【ブック】
孔子は「惑わず」とは言わなかった 
安田登さん  2010.02.26




「四十、五十となると
 『自分はこんな人間だ』
 と人は自分を限定して
 考えがちですが、孔子は
 『自分を限定してはいけない』
 『もっと可能性を広げなきゃいけない』
 と言ったのではないかと思います」

ro5ron


















*著書「古代中国の文字から
    身体感覚で『論語』読み直す
    (春秋社・2009年出版)より


このネット記事の当時だと
私は42歳くらいだから、
まさに厄年で・・・苦!!
知らなかった私がバカでした。

3nagare















お詫びも兼ねて(?)
冒頭レビューをご紹介した本
三流のすすめミシマ社
を買いに行くことに。

ただ、(大学時代から?)既に
3流の私には、必要なかったか
〜と思いきや、想定外の結果が!?
続きます