晩節を汚す(ばんせつをけがす)

 それまでの人生で高い評価を
 得てきたにも関わらず、後に
 それまでの評価を覆すような
 振る舞いをし名誉を失うこと。


先日の「福岡経営実践ジム」【後半】
メイン講師(株)ハードリング
軍師・岡漱一郎様から、今回は
年始に際して、ご出席の方々が
自社の「経営方針」を策定できる
ように、オリジナル・ツールを
用いての解説がありました。

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その際、少しご紹介したように、
ご出席で還暦を過ぎる社長様が
「会社経営は難しい」と仰った
話しの延長で、


「・・・30年、50年と
 企業が成長していくとか難しい。
 例えば、よく以前は読んでいた
 あの一流誌★★でも、当時
 若くして表紙を飾った超一流の
 (↑この方にとって50代も若い)
 企業家・財界人がいたが、
 ほとんど後にダメになってる。
 まさに晩節を汚す。
 また・・・

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「5年、10年くらいの間なら
 スポットライトを浴びるほど
 業績を上げるような企業は
 ザラにあるが、100年とか
 至難の業としか思えない。
 2代目・3代目と引き継いでも
 残っているとは素晴らしい」


社長様の、この言葉に皆さん
襟を正す思いとなられたようです。
本当に勉強になります。

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地域貢献・ボランティア活動
などと軽々しく口にする前に、
50年、100年と、成長し
継承していく立派な企業を作る
ことに考えを集中せねばです。
そうでない会社は、世のため&
人のために存続することが
マイナスと成りかねません。
厳しいですが事実かと。

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先の社長様は、その雑誌を読み
人間力を高めるよりも前に、
社長として業績を高め続ける
ことが、まずは大事だとの
思いに至ったようでした。
この順番を間違えると後で
シッペ返しを食らうとか。
旧版顧客戦略でもズバリ!)

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竹田先生の古い著書である
ランチェスター社長学」の
チェックリストを除いた
最後の締めに、先の社長様が
仰る点に共通する内容があります。
(一部を抜粋してご紹介)


・本当のチャンスは
 15年から20年しかない


・・・経営に成功するには、
いくつかの条件が必要になる。
その条件がどれも有利な状態に
整い、トントン拍子で仕事が
進むという期間は意外に
短いモノである。経営で成功する
ための欠かせない条件として、
次の9つをあげておこう。

 〃鮃・体力

 願望・意欲

 戦略知識

 ち和だ

 シ菽芭

 資金調達力

 Ъ舂肋ι覆了流

 ┣搬欧侶鮃

 運・事故

 *上記は項目のみ列挙、
  詳細は本で確認願います。

この他にもまだあるが、
以上が経営を進めるときに
欠かせない大事な条件である。
日本人の平均寿命は長くなった。
しかし、これらの条件が全て
有利な状態で揃うのは、実は
15年から20年ぐらいしかなく、
運が良い人でも25年ぐらい
しかないからだ・・・

・・・人生は1回しかない。
自分はどういう社長になりたい
かと考えて、それを実現する
にはどうしなければならないか、
最低でも1年に1回は
時間をかけて、じっくりと
考えてみる必要がある。


また、最後の「人生は1回」との
言葉は、以前にご紹介した幻の
(禁断の?)ニュースレター
ランチェスターマネジメント・レポート
でも、竹田先生は書かれています。

教わった教訓












このブログ本題から少し離れますが、
古い記事なので、ご存じない方も
多いでしょうから、一部分を
ご参考でご紹介します。


その方から電話がかかってきた
のは2001年7月4日でした。
電話の内容は

「経営戦略を研究したいので、
 テープのカタログを送って欲しい」
というものでした。

仕事は牛乳の宅配業で、
はじめて3年ぐらいでした。
どういうきっかけで牛乳の宅配業を
始めたのですかと聞くと、その方は

「前は地元の信用金庫に勤めていた
 が、業績が思わしくなかった。
 そのために幹部は役所から
 天下ってきた人達や、銀行から
 出向している人達で占められていた」

「彼らは単なるサラリーマンで、
 業績を良くする気構えなど全くない。
 それに上層部の人が変わるたびに
 経営方針がクルクル変わるので、
 第一線で営業するものにとっては、
 仕事に力が入らない」

「そうしたやるせない日が長く続いた
 ので、意を決して会社を辞め、
 宅配牛乳の事業を始めた」

というのでした。さらに

「営業には慣れているとはいえ、
 家庭を1件、1件回って新規開拓を
 進める仕事は、信用金庫時代の
 営業とは、だいぶ勝手が違っていた
 ので、とても苦労した。それでも
 1件、2件とお客が増えていき、
 1000件近くなったことで、
 ようやく明るさも見えてきた」

「そんなある日、どうも体調が優れない
 という日が続いたので、意を
 決して病院に行き、検査を受けた。
 それから何日か後に、結果が知らされた。
 それは血液のガンだった。直ぐに入院。
 抗ガン剤を打ちながら治療を続けていた。
 その間の牛乳配達は、奥さんと娘さん
 の2人が力を合わせて支えてくれている」

「体調が少し良くなったので、入院中に
 経営戦略の研究をしておき、
 退院後には営業に全力で
 打ち込みたいと考えた。
 そのとき知人から聞いていたのを
 思い出して、ランチェスター経営
 電話をした」

というのものでした。カタログを送ったら、
直ぐテープの申込みがありました。

ラジカセを使って、病院で勉強を続けていて、
2回ほど質問の電話がかかってきました。

そのとき、
「あと3ヶ月ぐらいで退院できると思う」と、
希望に満ちた声で私に話してくれました。
私も、その方が1日も早く元気な体に
なれることを祈っていました。

それから3ヶ月後、奥さんから
電話がかかってきました。

抗ガン剤の使用で一時は治まっていた
ガンも、そのあと再び増殖を始め、結局
2001年10月に他界されたというのです。
53歳の若さでした。
向上心に燃える熱心なその方が
亡くなられたのは、とても残念でした。

その方自身、とても無念だったでしょうが、
あとに残された奥さんと娘さんの2人が
受けたショックは、他人には分からない
ほど、とても大きかったはずです。

その時、ふと
「人生は1回限り、やり直しがきかない」
という、森信三先生の教訓を思い出したのです。

私自身、まだ親からもらった可能性の
10分の1も出し切れていない。
その方に負けない向上心を
持ち続け、生きているうちに、
『本人も知らない神の宝』と呼ばれる
潜在能力の開発に努めなければ
ならないと、しみじみ思ったものです。

そして
「立ち止まってなどおられない。
 まだまだ前進だ」
と、自分に言い聞かせました。


改めて問います。
(もちろん自問自答の意味でも)

地域貢献・ボランティア活動
などと軽々しく口にする前に、
社長としての責任」を果たして
いるでしょうか・・・でなければ
晩節を汚しかねません。