
まさに竹田先生↑↓写真だけを見る
と、まるで踊っているかの如く?

お盆直前★竹田陽一「経営論理学」
セミナー【応用編】で、最後に
実技付きで紹介された一言。
(以前にもご紹介済みの一言)
その実技が、撮った写真を見返す
と↑踊っているかの如くでした↑
【百尺竿頭進一歩】
百尺(30m)の竿(さお)の
先に達しているが、なおその上に
一歩を進もうとする。
(竹田先生「10尺」って?)
すでに努力・工夫を尽くした
うえに、さらに尽力すること、
また、十分に言を尽くして説いた
うえに、さらに一歩進めて
説くことのたとえ。
<出典は「景徳伝燈録」>
この時、竹田先生が出典を
いつもながら「道元さん・・・」
と仰っていたような気が?


改めて調べ直しても、決して最初は
道元禅師では無さそうなんです。
しかし、愛知学院大学の禅研究所
「禅の入門」での下記の記述を発見。
(一部抜粋)
平成20年「百尺竿頭更進一歩」
/著・所長 大野栄人(現・学長)
道元禅師も『正法眼蔵随聞記』巻三に、
「古人云く、
百尺竿頭如何に一歩を進むと。
百尺の竿頭に登りて、
足を放たば死ぬべしと思って、
強く取りつく心あるなり。
一歩を進めよと云うは
度世(とせい)の業よりはじめて、
一身の活計(かっけい)に到るまで、
思い捨つべきなり。
それを捨てざらんほどは、
如何に頭燃を払って学道するとも、
道を得ること叶うべからず。」
と説かれております・・・
これに続けての文章で、人生を
より深くから解釈されてます。

自我を捨て、常に「絶体絶命の
断崖絶壁を生きる」、その先に
幸せがあるのでしょうか。
(以前の幸福論より)
全てに通じるんでしょうね。
(まだまだ稽古が足らず、反省・・・)
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